Photo diary from sajima

写真家 内田亜里のブログです

日本におもうこと


毎日テレビでbbcを聞いているけれど、かならず一回はjapanの言葉がでてきます。

この1年はインドにいるので、主にネットでの情報だけだけど(それがけっこうよかったりする)今回の選挙、やばくね?と心底思うのです。
いろいろ含めたやばくね?です。

で、そのやばくね?のやばい人の1人は、間違いなくこの私でもあり、もう変わらないとなにも変わらないと反省をこめて思うのです。

その国の政治は、その国の民の鏡だともおもいますし。


原子力」はなくならない。
これはもうどうしようもできないのです。
1度この世界にうまれたものを、なかったことにする、
これは不可能なことです。
いずれ日本からなくなったといえ、世界のどこかでは核は存在しつづけるのです。
悲しきかな、これが人間であり、わたしはこれは科学の罪だと思うです。


なぜ、世界で唯一の被爆国である日本がアメリカの言いなりになり、原子力を受け入れていったのか。
もちろんその過程には、第五福竜丸での被爆という事実もあるにもかかわらず、、なのです。このときは魚からも放射線が検出されパニックになったと記述があります。

散々に日本は核によってほろぼされてきたのです。

その度に私たち日本人は、反核デモをしたり、強い拒否感を表しているにもかかわらず、です。海外にくらべれば、おとなしいものかもしれませんが。

しかし、原子力をうけいれることになった戦後の背景、それはだれもが望む、経済の安定、豊かな暮らし、(物質的な豊かさは
もちろんときとして精神的な豊かさにつながることもあるでしょう)、だれも好き好んで、貧乏どん底を味わいたくはないのです。
ですから、アメリカンドリームなのでしょうか、アメリカが提案してきた「原子力」というものを、ある新聞は「野獣も飼いならせば家畜」
などとうたい、マスメディアを使用したある種の洗脳なのでしょう、第五福竜丸でおこった反核運動がそれによって静まり、
原子力が次第に受け入れられていった、そういうものが浸透していったという事実もあるのです。


脱原発という言葉をきくとき、なにかこう、納得できないものがどうしてもあるのです。
日本でデモがあったことは、非常に善いことではありますが、なぜかこうさめた目でみてしまっているのは、わたしがやばい人種だからでしょうか?
そうかもしれません。
しかし、原発を停止することは最もなことです。そしてその後の処理、にも最大限の注意と尊敬が払われなければならないのです。
もし、原発のその後も処理をする仕事が尊敬されなくなったらなにがおこるでしょう?管理は曖昧になり、財源は削られ、第2の事故もおこりかねません。
東海村JCO臨界事故はその一例ではありませんか。
ですからデモで脱原発だけを叫んでいることになにかこう、違和感を覚えてしまうのです。ことがおこったから、じゃあやめよう!ではなくて
原発にたいして、その存在が完全になくなるそのときまで、原発にたいしてわたしたちはある種の尊敬をもってせっしなければならないのです。
語弊も承知で言っていますが、それがなくなるとそれもやばいことになりそうな気がするのです。だって、尊敬されない仕事に、だれが命をけずって最前の注意を払ってやろうと思うのでしょうか。謎です。私たちはいやなことは忘れていく傾向にあります。ですから、尊敬するのです、かぎりない危機感と恐れをもって。


今回、わたしはこの大切な選挙にはいけませんが、思いは日本にあります。それはもちろんです。わたしは日本人ですから、そして誇りをもたなければなりません。
そしてこのやばい状況にあるわたしをふくめた多くの日本人が、今一度たどってきた歴史に目をむけ、日本の本当の意味での自立を皆で支えるときであるとおもうのです。


たまにはまじめに自分の国のこともかんがえているのです、撮影してプリントだけしているバカではありません、、、。